"依存と喜び"の中に生きる

心は人と人との間で育っていきますが、それにもっとも大切なことは「依存」です。

人は人に依存し、きちんと受け止めてもらえたときに「喜び」を感じます。そしてその喜びを与えてくれた人を信頼し、人は信じられる存在としての「信頼の預金残高」を増やしていき、人間関係を広げ"社会"を受け入れていきます。

この人の根源的な関係性の中にある喜びをもらえない人は、二番目の"物欲"や生理的な喜び(高揚感・快楽感)や「薬物依存」や心理的喜びを与える「パチンコ依存」などに浸りきるようになります。

本来、人に向かうはずの"依存"が十分満たされないと社会的に容認されない行為に及んでしまうこともあります。

ただし、日常的なストレスなどへの対応に少々の飲酒やギャンブルなどは有効に働くこともありますが、"自傷"のような多量の飲酒はまさに心も体も壊してしまいます。辛いときの多量の飲酒は"うつ"を進行させます。

私は"親友"のようにお酒を飲んでいます。親友は励ましてくれたり、慰めてくれたりします。

「依存と喜び」その中で人は生きています。

(職員向けメッセージより)

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このページは、GMが2009年8月11日 12:07に書いたブログ記事です。

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