2008年2月アーカイブ

はじめに
障害者福祉で最も大切な事は、「どこで暮らすか」ということである。そして「誰の手で」「どのお金で」という順である。とりわけ首都圏で住んでいる人たちにはグループホームがどんどん整備されていくという現実はない。この大事な問題を都外にお願いして来た事はいたし方の無いことであり、受け入れていただいた県には感謝すべきことである。

どこで暮らすか
東京都は、国が入所施設の定員を7%削減の指示を出しているがこれを受け入れていない。それどころか区内に入所施設を作り続けている。1,000人にも及ぶ待機者問題は解消されていないのである。現場の実感としては、ショートスティのたらい回しや親の高齢化の中で実際の待機者は2倍にも3倍にも及ぶであろう事は容易に推察される。
さらには、特別支援教育の中で軽度知的障害者・発達障害者の養護学校の利用はかつての4倍にも増えている。もとより、我々福祉関係者はこの「軽い」といわれている人たちの中には「手も出る、口も出る、犯罪に巻き込まれる、いなくなる等」の人たちは少なくないことは実感していた。"軽い"人たちではないのである。手厚い教育の場から卒業と同時に障害程度区分、非該当や1程度になったらどんなサービスが受けられるのだろうか。多くの若者が高校以上の教育を受けている現在、障害を持つ人たちも同様の場が必要である。    
そして、社会に出たらいつでも安らぎのある「止まり木」のような支援センターが地域の中になくてはならない。一人で頑張っている人より、愚痴の言える人や場を多数持っている人のほうがしなやかで折れにくいのである。
当然のことであるが、「いつどこにいても支援サービスがあり障害を持って生きることの不利益をこうむらない社会」を創らなければならない。様々変わる法律もこの点については一致している。
刺激の渦のような都会での暮らしより、一時期あるいは生涯「自然の治癒力とファミリーシステム(寝食を共にしての支援)」の環境が向いていると思われる人は多い。

誰の手で
世界保健機構(WHO)は健康の概念に、宗教とスピリチュアル(魂・霊的)の必要性を明記した。人は「生きにくさ」の中にいる人を「助け合う」という形や精神的には「宗教」として救済してきた。
誰の責任でもなく知的障害のある人は2~3%生まれる。誰の責任でもない人たちは国家が責任を持つのは当たり前のことであり、「生きにくさ」の中にいる人たちがどのような暮らしをしているかは先進国としての尺度である。「日本は品格のある国家」だろうか、弱い人たちを苦しめているとしたら「卑怯」である。

どのように
どんなに障害が重くても「心ある存在」として関わらないと「学習された無気力状態」になってしまう。思っていることが誰にも理解されずに生きるということは、「感ずる」と分かってもらえず気持ちが傷ついてしまうので「人であることをあきらめて適応」していくしかないのである。それを回避する唯一の方法は、言葉がない人でも言葉にならない「言葉」をしっかりと受け止めることである。言葉での情報は3割程度しかないとも言われている。まずは「しっかりと受け止める」という姿勢を信じていただくことから始まる。そして、10球に1球はこちらのことも受け止めていただき、5球に1球、3球に1球、ようやく1球に1球という「心のキャッチボール」まで丁寧に「やりとり」を重ねていくことにより「人は信ずるに値する存在」→「安心感」→「幸福感」に達する。

おわりに
障害者福祉に限らず社会保障全体が弱められている。ソーシャルアクション(福祉水準向上の為の社会活動)ということが死語だと数年前まで思っていたが今は意識的に活動する必要を感ずる。当然のことながら、大きな集会を開き政治的な動きをしていかなければならないが、「福祉とはどういうことなのか?」「我々は障害を持っている人たちの人生に役に立っているのか?」「今何をしなければならないのか?」など未成熟な福祉社会で隣接領域の多いこの分野「どぎゃんかせんといかん!」と議論をしていくような運動の展開が必要だと思う。私の世代では毎日のようにしてきたことが、次を担う世代は苦手のようだ。「一人一人、人を繋げていくようないとなみ」をしていかなければ時代を変えるリーダーは生まれてこないような気がする。

(職員向けメッセージより)

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