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『人権』以前の話〜障害者自立支援法をめぐって〜|町田福祉園のGMコラム
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『人権』以前の話〜障害者自立支援法をめぐって〜

2007年06月01日


はじめに
『人権』とは人であれば誰でもが生まれながらに持っている権利である。障害があろうが、なかろうが同様である。

知的障害者施設における『人権侵害』が本格的に取り上げられるようになったのはそれほど昔のことではない。平成8年にある都外施設での様々な虐待が内部告発され、さらに、その年の10月に現在では廃園になった「白河育成園」での様々な虐待事件があった。また、この時期には施設ではないが全寮制で人の目が入り難い事業所(水戸アスカ・滋賀サングループ事件)での虐待が問題になっている。そして、これらの事件では、良い事業所でないことを知りながら、そこを紹介した行政の責任も追及されている。

今、知的障害者福祉に従事している者に突きつけられている問題がある。障害者自立支援法(以下自立支援法)という法律である。今年4月より利用費の1割と食費、光熱水費、被服費、日用品費の負担が始まっている。その理念は「障害者が地域で暮らせる社会に!」「自立と共生の社会の実現」である。現在の福祉の普遍的な原則であり異を唱える人はいないであろう。しかしながら、何が福祉関係者や家族、利用者本人を不安にさせているのか、どんな問題が内在しているのか、考えてみたい。


措置と契約制度
平成12年の社会福祉法の成立により障害者福祉の利用の仕組みが措置制度から契約制度に変わった。措置の法的な性質は、行政が一方的に決定を行うという意味で、行政処分という概念で利用者による申請やサービスの選択が保証されない仕組みである。ゆえに『人権侵害』が内在される恐れがある制度という理解をしていた。その意味で契約制度は、対価的な権利義務関係が発生するために利用者は守られ、さらに、対等性を担保するために、サービス評価や監査体制の強化、消費者保護法などが用意されており障害者福祉は向上するものと思われていた。しかし、公的責任の後退という議論も根強くされていた。


支援費制度
支援費制度という契約制度により『人権侵害』は根絶できたのかというとNOである。現在でもマスコミ報道は後を絶たない。アメリカのADA法やイギリスのDDA法などの権利法(差別禁止法)の制定が待たれる。支援費制度で飛躍的に進んだ分野がある。居宅支援である。ホームヘルプサービスやショートステイ事業である。契約制度は申請しなければサービスを受けられない。このことは問題であるのだが、申請を受けたら1月以内に答えを出さなければならない。これまでこれらサービスを利用しづらかった中軽度の人たちがショートステイを利用しだした。これまで予算が余っていたホームヘルプ事業が毎年足らなくなるほど使われている。自立支援法が必要だった理由のひとつに厚労省は財政的な問題を挙げているが、居宅のサービスが伸びた事はこれまで見てこなかったニーズがこれほどあったことの証明であり、それに応えてきたことは誇れることである。


自立支援法の諸問題
本法律における障害程度区分のスケールは介護保険をベースにしているため身体障害のある人たちは反映されるが、知的障害のある人たちは反映されにくい、精神障害のある人たちは最初から1次判定には反映されにくいとして2次判定にて別の基準を設けている。言ってみれば2軸基準がある。知的障害者福祉の分野は、発達から就労まで、広汎性発達障害のある人やアスペルガー症候群、ADHD、LDの人たちなど『発達障害』と言われる人たちも含まれてくる。児童数が減ってきている中、特別支援教育の対象者は4倍にも増えているのである。さらには高次能機能障害の人たちも対象となる。この人たちは実際の支援のニーズより著しく低く出てくるのである。見守りや、心理的な支援の中でかろうじて落ち着いていられる人たちへの支援という知的障害者福祉固有の形態に対しての理解のなさ評価の低さに『怒り』を感ずる。


幸福感は現代においては、個々に違うものである。障害者福祉分野においては『みんな違って、みんないい』のである。なぜそれが他人の障害程度区分によってサービスが決められてしまうのか、奇怪である、介護保険や、支援費においても個々のニーズにおいて支給量が決められている。個別的なサービスほどノーマルでクォリティが高いサービスである。


在宅のサービスは、今年の10月より経過措置のないまま新体制に移行する。周知期間もほとんどない中で新程度区分での判定、費用負担の発生、夜間支援体制がほとんどのグループホーム(以下GH)でなくなる。障害のある人たちが生きていくためにもっとも大切なことは『何処で住み、誰の支援を受け、どのお金で』ということである。

私の周りにあるGHは、これでは施設に返さなければならなくなる。夜間支援とは単なる保安要員ではない。自分で気分を変えられない人や、悩みを抱え込んで表現することが苦手な人など、疲れたときにいつでも休める『止まり木』のような存在である。そんなカウンセリングマインドが必要とされるのである。『生きにくさ』の中にいる人たちとは、介護度ではなく『心のケア』を必要としているという実態を知るべきである。キーパーソンがいることにより地域で暮らしている人は少なくない。『安心』とは人によってもたらされるものだ、ということをもっと意識するべきである。


そもそも障害が重いということは、介護というスケールで計れるものではない。3障害が一緒になり、それぞれの違いがより鮮明になった。知的に軽度といわれる人たちが支援度の軽い人だろうか、そんなことは知的障害者福祉の関係者は誰も思わないのではないか。しかも、95%が中軽度の人たちで占められている。将来、介護保険に障害者福祉が参入せざるを得ないであろう事は想定していたが、このような判定や障害者感では懐疑的にならざるを得ない。


おわりに
福祉とは、『安心と安全』というベースの上にある幸福感であるとも言える。ゆえに、社会問題に対しての問題解決という側面を持つ。であるにもかかわらず、自立支援法自体が多くの不安を生み社会問題化している。多くのメニューの中で選択肢のある生き方を選択できそうだが、支援が必要な人ほど費用がかさみ利用控えが生まれ、入所施設利用者の多くは経過措置者で期限付きである。地域に出ても、唯一の生活の場のGH(CH)のシステムは脆弱である。ここまでくると自立支援法は『制度からの虐待』を生み出す元凶となる。

『人権』以前の問題となっている。

(職員向けメッセージより)

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